SE実装のススメ
コードと可聴域から考える緊急地震速報チャイム
こんぽさま主催・『地震情報アプリ界隈 Advent Calendar 2021』の11日目になります。今回参加させていただきます、Hiromuと申します。よろしくおねがいします。今回は初めての参加になりますゆえ、文章の拙いところもあると思います。温かい目でご覧いただけると幸いです。
私は、数年前よりBSC24(Youtube放送)さまにお世話になっておりました。きっかけは2021年3月はじめ。この界隈にいらっしゃる方なら誰もがご存知かと思いますが、Fuku1213さまの制作されている地震情報・緊急地震速報等表示ソフトのQuarog(くあろっぐ)を初めて目にし、それで地震界隈に興味を持ち始めました。衝撃でしたね~・・・。構図、配色、カスタマイズ性、UIのわかりやすさ、すべて考えられている。見やすいし、どこまでも考えられている。凄いです。まぁ、未公開版なので利用したことはありませんが。(ないんかい)また、François (フランソワ)さまの制作しているJQuakeは低スペックでも動く、強震モニタ表示ソフトの中でも革新的なソフトです。先駆者の方々には頭が上がりません。(ほんとうに。)
さて、前置きはこれくらいにして、本題に入らせていただきます。
# はじめに
# 記事の趣旨
日本人なら誰もが知っている、いわゆる緊急地震速報の”あの音”。その仕組みについて解説する動画はYoutubeなどのSNS上に腐るほどあります。ああいうのは俗で嫌いなんですが(かくいうわたしも同類←)ほんとうは今更じぶんの出る幕はないのでしょう。しかし、この度はコード・可聴域を考慮した”音の制作・ソフトウェアへの適用”についての独自の観点でお話しすることで意義のある記事にしたいと思っております。
つまり要約すれば”SE実装のススメ”ということになります。
地震監視ライブ・生配信に適用するもよし、ソフトウェア実装に適用するもよし・・・な記事になっていますよ。筆者・内容ともども未熟かもしれませんが、ぜひご参考までに~。
# "あの音"のそもそも
そもそも”あの音”は、NHKが制作したものです。今や地方公共団体など、防災のためにNHKの管轄外でも広く使われています。このチャイム音が生まれる経緯ですが、『JASジャーナル 2013年3月号(Vol.53 No.2)』に細かく記されています。地震界隈の方なら一度は目を通したことがあるかも。記されている通り、”あの音”は『ゴジラ』で有名な伊福部 昭(いふくべあきら)氏が作曲した『シンフォニア・タプカーラ』の第三楽章Vivaceから。そして、”あの音”の制作をNHKから任されたのが伊福部 昭 氏の甥にあたる伊福部 達(いふくべとおる)氏です。このイントロ部分の構成音が引用されています。
Youtubeより 伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ 第3楽章:Vivace
楽章名にもなっている”Vivace”。もとは楽譜上にあらわされる速度記号なんですが、読み方は”ヴィヴァーチェ”で、”快活に、いきいきと”といった意味があります。
小難しい話は置いといて、この出だしを聞いて皆さんそれぞれ思うことはあると思います。なんというか”圧”というか、”インパクト”というか。ちょっと音の濁りが”気持ち悪い”、あるいは”怖い”感覚もあるかもしれません。これには”コード”という音の構成音が関わっています。(次の項で説明します。)
伊福部 達氏が着目したのもこの点であり、
”緊急性を感じさせながらも、
不安・不快に感じさせない”
ことが肝となっているらしいです。
なんですが・・・
結局不安を煽る音になっちゃってるよね!?
ご本人も後に反省されているご様子で、”音の持つ情緒あるいは情動に訴える力の大きさに驚かされている”と、人間の持つ”音”と”実際に起きた事象”の結びつけ作用について、そうおっしゃっていました。筆者もこのことは非常に共感できます。
かなり話を圧縮しましたが、こうした経緯も踏まえて私の運営するJDQ放送の音声を、未熟ではありますが試行錯誤しながら制作しております。以下、その工夫についてです。
# コードから見てみる
ここからは音楽的な要素がものすんごく強くなってきます。ですが、できるだけ簡潔に最小限の説明で済ませます。まず、コードについて。
”コード”とは
複数同時に鳴る音の構成のことです。日本語では”和音”。
コードは様々種類があって、種類によって悲しみを帯びたり喜びを想起させたりと、実はコードって人間の五感を支配する凄いヤツなんです。
”メジャー/マイナー”とは
音の展開の種類です。日本語では”長調/短調”。
これもまたメジャーとマイナーでは印象が違います。ふつう、メジャーは比較的明るく、マイナーはメジャーに比べて暗い印象があります。でもコードが変わってくるとメジャーなのに暗かったりもします。
さきほど紹介したシンフォニア・タプカーラの第三楽章。実は楽譜の版によって解釈が違い、ブレがある”らしい”のですが、冒頭のコードについて一番有力なのはどうやら”E(♭9)(#11)”っぽいです。どういう意味かっていうと、Eメジャー(ミソ#シの音)に、さらに決まった間隔で9番目の音と11番目の音を加えた音です。ただ、それだけじゃなくて、♭と#がついてます。これは加えた9番目の音を半音下げる、11番目の音を半音上げるという意味です。
結果、ミ ソ# シ ファ ラ# という構成音となります。
タプカーラ冒頭抜粋
(筆者推測)
伊福部 達氏の
冒頭の解釈
コードは”展開”といって、音をオクターブ間でバラバラに広げるみたいなことができます。タプカーラの冒頭は左図のような構成が一番近いと思われます。
しかーーーし・・・緊急地震速報の”あの音”を制作した伊福部 達氏はこの冒頭を”G7(#9)”と解釈し、その音を”展開”して完成されたらしいです。といいますか、より正確に言うと伊福部 達氏が、彼の叔父の息子さんを通して取り寄せた楽譜を参照し、その上でG7(#9)と判断されたそうです。
実のところ、コードの解釈の違いはよくあることなんです。特に鳴る楽器の多い曲では、第三者が譜面を写す際や、記録される際によく起こります。
少しでもわかりやすくお伝えするため、譜面のコードを打ち込んだ音を添付しておきます。調・展開形が違うのであまり比較にはなりにくいかもしれませんが、ご参考程度まで。
筆者推測(上図)
伊福部 達氏の解釈(下図=Cに転調後)
↑こっちのほうがだいぶ緊急地震速報の音に近いですよね
気を取り直して、以降はG7(#9)として解釈しましょう。この(#9)という要素が含まれるコードは”テンション・コード”と言って、9番目に限らず、11番目・13番目のような音が含まれるコードをそう言います。含まない単純な音に比べて、含む音のほうが文字通り、音に”テンション=緊張感”が生まれます。ここを伊福部 達氏は重要視し、チャイム音制作作業に入ったそうです。
要は:”起立・礼・着席”の”ドミソ~・シレソ~・ドミソ~”とかいった単純な音じゃなくて、もっと音が複雑に鳴っているコードを選んだというわけです。
これにのっとり、JDQ(の管理者)が制作したのが以下の音声です。
音量注意・怖めの音なので気をつけて再生してください
●工夫した点:
・音のベース(下地)に木管系の”コンッ”といった音があること→これにより、低音域をふんわりカバー。木管の音自体の柔らかさを含ませた。
・音の高音域にグロッケン(鉄琴系)の”キンキン”する音があること→NHKの”あの音”の構成リスペクト。単純に騒音下などで音が届きやすい。
・アルペジオ(音がドミソド~って下(or上)から順に弾かれるアレ)が3段階あること→NHKの”あの音”より少し長めに尺を取りたかった。
・可聴域(次の項で説明)を意識し、高齢者・軽度難聴者に聞き取りやすいこと
●これを制作して、いざ実装した時の感想:
う~~ん。怖すぎる。
この音声、これはこれでアリだとも思っています(筆者個人的に)。しかし、不協和音を重ねたがゆえ、あまりにも危機感を煽るような音だと、”緊急性を伝える以上に恐怖の感情が勝ってしまい、冷静な判断力を失いやすくしてしまうのでは?”と疑問を抱き始めました。前述のとおり、音が人に与える影響は大きなものです。
・・・
ということで、判断力を失わせない為、やさしめな音源を制作しました。それが以下の音声です。
音量注意 気をつけて再生してください
●工夫した点:
・音の工夫は 怖いほうの音源 と同じ。
・アルペジオをやめてちょぴっとだけ可愛らしさがあること→目的は地震系ソフトや地震系放送への実装(ここ重要)。なので、地震の強さなどは画面に表示されている情報・ソフトウェアの表示する色などの印象で、ある程度理解が及ぶはず。音の役割は、”普段起きる小さな地震と違う、大きな地震だ”と気づかせることなので、すこし落ち着かせる目的で遊び心のある音に。
・音の先頭に低音域を鳴らし、低音が聞き取りやすい人への配慮と、さりげない”圧”の効果で行動を促す作用を加えること。(地震波のメタファーとか言うのは愚)
・可聴域(次の項で説明)を意識し、高齢者・軽度難聴者に聞き取りやすいこと
●実装した時の感想:
うん。いいんじゃない?
音圧もそこそこ出ています。地震はいつ起こるかわかりませんし、急に起こるものです。突然この音が鳴ったことに対してびっくりする人は居ると思いますが、恐怖感を煽るものでは無いと思ってます。鳴れば誰でも反応するものです(多分)。
# 可聴域から見てみる
さいごに、可聴域からの視点についてです。ここに記す内容は当サイトの”制作SE”ページで語っている事とほぼ同じですが、少しだけ詳しく書こうかなと。
一般的に人間の可聴域(聞き取れる音の領域)は20Hz~20,000Hzと言われており、このグラフはそれぞれの世代に行った、音域ごとの聞きやすさの結果の中央値をとってまとめたものです。
日本騒音調査(ソーチョー)のデータをもとに作成
30代の聞こえやすさはグラフの黒いラインです。10デシベル以下の小さい音で高音が鳴っても、しっかり聞こえているようですね。ところが、これが40→50→60代と年をとるにつれ、次第に高音域から聞こえづらくなっています。70から80代になると高音域だけでなく全体的に聴力が衰えてくるようです(白いライン)。80代になっても、まだ比較的こえやすくなっているのが1000デシベルの周辺の音域。
この500Hz~2000Hzあたりだけに音をしぼって聞こえやすさを確かめながら制作作業を進めていきます。
(日本騒音調査のデータに基づく)
効果音や楽曲などの制作に頻繁に利用しているのはiZotope社が出しているOzone9。そのイコライザの機能をうまく使って、
・およそ500~2000Hzのなかでどういうふうに聞こえるか。
・音像(音のバランスなどの聞こえ具合)が、音域をしぼっている時としぼっていない時とそこまで変わらないかどうか。
を確認していきます。
●結果、完成したのがすでに上の項でも出しましたが、こちらの音源です。
音量注意 気をつけて再生してください
500~2000Hzに音域をしぼると、聞こえ方としては、こもったようになり、グロッケン(鉄琴系)の特徴的な”キンキン”といった音もまったく聞こえなくなります。さらに、低音域もほとんど聞こえません。この音源で言う頭の”ズン”といった低音が響くところも、全く効果を発揮していないように見えます。ところが、さきほど紹介した聞こえやすさのグラフを見てもらえればわかるとおり、80代になっても低音域は聞こえやすい領域に入っています。
作業は500~2000Hzにしぼることに特化していましたが、200Hz以下の低音域は比較的聞き取りやすい範囲であることは念頭においておき、”ズン”を入れることで、その存在をうまく活かした形にした、というわけです。
# まとめ
思いの外長くなってしまいましたが以上になります。いやー。ページ分ければよかった(笑)・・・
そんなことはどうでもいいんです。”SE実装のススメ”と題して初めてこういうものを書いてみました。以下にお伝えした点をまとめておきます。
●コード等の視点から
・必ずしもテンションコード(要は複雑な音の組み合わせ)によって緊張感を出せばよいものではない。
・怖い音(不協和音など)はそれを聞いた者に冷静な判断力を失わせる為、避けたほうが良い。
・地震系ソフトウェア・放送に利用するという目的があれば、なおさら怖い音を避けて良い。なぜならば、そのソフト・放送から発する音声だと、他にその画面上に表示されている情報が十分にあり、”普段と違う音”というだけで状況の分別がつきやすいから。
●可聴域の視点から
・高齢者など、一定の音域が聞き取りにくい方々への配慮として500~2000Hzの中で”ちゃんとアラート音だ”とわかるように調節すると良い。
・低音域も比較的聞き取りやすい傾向にあるため、アクセントに低音を少し挟むと良い。
実際にたくさんの人達に対して実験を行ったわけではありませんが、音が人間に与える影響は考えられることがいっぱいあります。とにかく、すべては”利用者に冷静な判断をしてもらうため”。ぜひぜひ参考にしていただければ大変助かります。
以上です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
JDQ管理者 Hiromu
出典:
・伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ 第3楽章:Vivace